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昨日から寒の戻り。

「今冬・寒の戻り物語」は、

エピソードいくつめになるのでしょう? 

 

もう寒くならないと、耳にしていた

のですが、予報外れですね。

 

 

あたくしの地域では、

淡路が峠(あわじがとう)という山は、

子供の頃からおなじみの山。

校歌の歌詞にも出てきます。

 

お客様情報によりますと、1909年に、

「伊藤博文」が道後温泉に入りに来た時、

この山に登りたいと言ったのだそうです。

 

「Wiki」情報を調べてみると、400年前、

この山には「道後湯築城」の砦があった

そうで、砦の城主は「林淡路守通起」さん

だったので、淡路城といったそうな。

 

この城主の11代目の子孫が、伊藤博文

とのことで、あたくしたまげましたね。

彼が松山に来た時、この山を見上げて

来年、先祖の供養がしたい」と、

言ったそうな。 

なぜか、その時は山に登らず。

その年、ハルビンで暗殺されてしまった。

 

まだまだ、地元には知らない歴史が

たくさんあるようです。

 

 

お客さま情報で、松山祝谷の

常信寺には、しだれ桜があるよ〜」

とのことで、すき間時間に

シュッとお参りに行ってきました。

 

 

 

 

ちょうど咲いてました!

常信寺へのお参りは初めて。

とてもキュートな花たちで、

あたくしたまげましたね。

最近、花や木に小声で話しかけるように

なったので、傍から見たら

怪しいオッサンでしょうね。

 

 

とても清潔な雰囲気です。

ソメイヨシノ?も、たくさん咲いてました。

 

1635年、松山藩主となった

松平定行公のご霊廟があるそうで、

天台宗のお寺とのことです。

久松家四ヶ寺というものがあるらしく、

そのうちの一つだそうです。

 

他は、浄土宗の大林寺。

曹洞宗の法龍寺。

日蓮宗の法華寺があるそうです。

知らなかった!

 

#道後村めぐり 29番

 

松山神社を訪れてたまげたのは、

相殿(あいどの)の存在です。

家康公と道真公と共に、お祀りされて

いるのは、なんと!

大己貴命さま(大国主命)と

少名彦命さまではありませぬか!

また、あたくし、

お2人に出会いましたね。

 

松山神社の境内に入りますと、

左手に「飛び梅」の樹があります。

 

 

道真公が太宰府に左遷される時

大切にしていた梅の木に、

「あたしがいなくなっても、

花を咲かせてね★」と、やさしく

一首詠んで別れを惜しんだそうです。

その梅が天満宮まで飛んでいき

その土地に根付いたという伝説があります。

 

ここに植わっている木は、その伝説の

大宰府・飛び梅の実をいただいて

育った子らしいです。凄いですね。

 

そして、こちらは金龍桜

場所は境内ではなく、階段を登って左へ

少し降りたところ。一重と八重が

同一枝に混在する珍しいサトザクラ。

非常に希少なものだとか。これも凄い。

 

 

松山神社は、松山城下の

鬼門鎮護という役割もあるそうです。

南西には松山城が見えます。

 

 

風水で町が守られているんだなぁ、

と感じられる風景です。

 

日記・一般

#道後村めぐり 28番