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道後村めぐりが楽しい今日この頃。

先日はすき間時間に、祝谷にある

松山神社(東照宮)」に、

参拝してきました。

 

業務スーパー横の小道。

坂道を登っていったつきあたり。

やっと登って上を見上げれば、

さらに高い所に境内が!

 

 

数年前に、

わが妹が結婚式を挙げた神社なので、

プチなつかしい感じ。

ここは階段の途中から空気が変わって、

清々しい気持ちになるので不思議。

 

 

だいぶ上がってきましたぜ。ふう。

 

 

ありがたや〜。

 

徳川家康公を祀った湯月八幡宮

(現在の伊佐爾波神社)から、

現在の場所へお社を移したのが、

明和2年(1765年)だそうです。

ということで、ここは東照宮

 

そして、その昔、護国神社の裏山、

御幸寺山(みきじさん)には、

祝谷天満宮があったそうで、

明治43年(1910年)にここから

お社を移し、東照宮と合祀され、

その時、松山神社と改称された

ということです。

(901年、菅原道真公が御幸寺山に

お立ち寄りになったことがきっかけで、

祝谷天満宮が造営されたとか)

 

ということで、ここは贅沢なことに、

東照宮と天満宮にダブル参拝できる

という、ありがたい神社なのですね。

 

つづく

 

日記・一般

#道後村めぐり 28番

 

伊方のご出身のお客さまから、

地元の伝説、教えていただきました。

 

「亀ケ池の伝説」

佐田岬半島の伊方町にある

亀ケ池温泉のすぐそば。

この温泉の名前の由来でしょうか?

 

亀ケ池は潟湖、いわゆるラグーン。

もともと海だったところのようです。

 

 

昔むかし、九町池に住むカニがいた。

長い年月を経て、近くの川からの土砂が

その池にじょじょに流れ込んできて、

狭くなってしまった。

 

その上、カニの体は大きくなり、

なんとタタミ8畳ほどになったので、

この池には住みにくくなってしまった。

こりゃ、かなりでかいですね。

 

そこである年の大晦日の夜、大カニは

海を渡って加周池(亀ケ池)に行き、

池の主「えんこ(河童)」に頼んで、

すみかを交換してもらった。

 

引っ越してきたカニは、

池の広さが嬉しくてテンションが上がり、

池の中を泳ぎまわるようになった。

しかし、これが元で地元の人の舟が、

たびたび転覆するようになった。

人々は困って、神主さんにお願いして、

大カニは、深い地の底に封じられた。

 

カニ目線で考えると、

ちょっとかわいそうな話ですね。

8畳とは、11〜13屬蕕靴い里如

こんな巨大ガニがいたら恐怖のあまり、

封じたくなる気持ちもわかりますね。

 

カニ伝説なのに、なぜ亀ケ池なのか?

調べてもわかりませんでしたが、

「池に亀が水を飲みに来ている」

という他の伝説が名の由来のようです。

 

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愛媛の伝説に興味がある今日この頃。

 

西予市野村町の出身のお客さまから、

地元の伝説、教えていただきました!

 

 

野村の「桂川渓谷」に伝わる伝説。

まとめてくださっている方の

貴重なネット情報によりますと、

ここは肱川支流、深山川に広がる

美しい渓谷とのことです。

 

三間の豪族・土居清良の娘

「乙御前」というお姫さまのお話。

この乙姫さまは、野村町中筋の城主・

保堂新左衛門と婚約していた。


しかし、

迎えに来るはずの約束の日には

新さんは来なかった。ガ〜ン!

 

武家のお嬢さんだからでしょうか、

剃髪して尼さんとなったそうです。

しかしなんと、髪を剃り落とした後に

新さんの迎えが来た! あわてて姫に

カツラをかぶせて嫁入りさせたけれど、

その夜にはカツラがばれてしまう!

 

新さんが遅れたのが原因なのに、

乙姫さまは家を追い出され、

悲観した姫は、実家に帰る途中、

渓谷一番奥の滝壺に身を投げたそうです。

 

その時にカツラが流れた川、なので

「桂川」と呼ばれるようになった。

 

さらに、同行していた下女の馬さんも、

後追いして渕に身を投げたそうです。

ここは馬渕、下女渕というそうです。

 

乙御前の滝から山を登ったところに、

乙姫神社として祀られているそうです。

 

夜中、乙姫さまと馬さんは

どんな気持ちで、暗い渓谷の中を

歩いたのでしょう?

計り知れない悲しみでいっぱい

だったのではないでしょうか?

合掌。

 

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